乳熱

 分娩直前から分娩後2日程度に発症し易い、代謝性疾患で、乳牛の代表的な病気の一つで、農家さんから、「腰抜け」と呼ばれている疾患です。

 傾向としては、泌乳能力が高い乳牛ほど罹患しやすい傾向があります。

1 原因

 分娩後の泌乳開始に伴い、急激にカルシウムが乳汁へと流出することが根本的な原因といわれています。また、分娩前後の副腎皮質ホルモンやエストロジェンの影響により、腸管の蠕動運動が抑制され、骨代謝が抑制されており、腸管や骨からのカルシウム吸収では、血中のカルシウム濃度の急激な低下にすぐに対応できないといわれています。そして、分娩時に上皮小体ホルモン(PTH)の分泌が抑制されることも、本症例の発症に関与しています。詳しくはDCADとPTHの関係を参照。

 3産目以降の牛に発症しやすいのは、加齢に伴い泌乳量が増加することで、血中カルシウム濃度がさらに急激に低下するためといわれています。

2 症状

 軽度の乳熱(血中Ca濃度:6.5mg/dL〜)では、食欲不振、歯ぎしり、筋肉の振戦、後肢のふらつきなどの症状がみられます。

 中等度の症例(血中Ca濃度:3.5〜6.5mg/dL)では、起立不能状態、食欲の低下、心拍数の増加、子宮収縮の低下などの症状がみられます。

 重度の症例(血中Ca濃度:3.5mg/dL以下)では、投首投足、昏睡状態になります。体温は一般的には低下し、38.0度を下回る症例が多いですが、39.0度を超える症例も時折みられます。

 乳熱では、対光反射の遅延や不全(眼に強い光を当てた時の瞳孔の収縮遅延、収縮不全)がみられることもあり、大腸菌性乳房炎によるショック状態による起立不能か、乳熱による起立不能かを見極める際に、参考にすることができます。

3 治療

○カルシウム製剤の注射による補給

  • 静脈注射: ボログルコン酸カルシウムなどのカルシウム製剤を静脈注射します。これは迅速に血液中のカルシウム濃度を上昇させるため、最も効果的な方法です。
  • 皮下注射: 静脈内注射が難しい場合、カルシウムを皮下に注射することもありますが、効果は静脈注射に比べて血中カルシウム濃度の上昇が遅いです。
  • 経口補給:カルシウムペーストを経口で投与する方法です。主に予防目的で使用されますが、軽度の症状に対しても有効です。

その他の補助療法

  • 低カルシウム血症だけでなく、低マグネシウム血症や低リン血症を併発していることもあり、同時に補給することもあります。
  • 脱水症状がある場合には、電解質液の静脈輸液が行われることもあります。また、低カルシウム血症により、血管の平滑筋が弛緩し、血液循環が悪化しているため、カルシウム製剤の投与とともに血液循環の改善を行うことで、治療の効果を高めることができると考えられています。

4 予防

○乾乳期のDCADの管理

  • 低DCAD飼料の給餌:乾乳期には、塩化アンモニウムや硫酸マグネシウムなどの添加剤を用いてDCADを低く保ちます。目標とするDCAD値は -50 mEq/kgから -150 mEq/kgです。
  • 尿pHのモニタリング
    • 尿pHを定期的に測定し、6.0~7.0の範囲を維持します。これにより、代謝性アシドーシスの状態を確認し、飼料のDCADが適切であることを確認できます。
    • 乾乳期にアルファルファなどの高カリウム飼料を避け、低カリウムの飼料を選びます。

○分娩前後のカルシウムの適切な給与

  • 分娩直前および直後に経口カルシウムペーストを投与することで、急激な血中カルシウム低下を防ぐことができます。

○ビタミンDの補給

  • ビタミンDはカルシウムの吸収を助けるため、適切な量を補給することが重要です。ビタミンDサプリメントの投与が推奨されます。

○飼料と栄養管理

  • 適切な栄養バランスの維持
    • 高エネルギーの飼料を避け、バランスの取れた栄養を供給します。
    • マグネシウムもカルシウムの代謝に重要な役割を果たすため、適切な量を供給します。

○ストレス管理

  • ストレスの最小化
    • 分娩前後のストレスはカルシウム代謝に悪影響を与えるため、乾乳牛がリラックスできる環境を整えることが重要です。
    • 分娩直前の移動や環境の変化を最小限にすることで、分娩前ストレスを低減します。

乳熱は迅速な治療が必要な病気であり、発症後の早期対応が牛の回復にとって非常に重要です。適切な管理と予防策を講じることで、発生率を減少させることが可能です。

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